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馮立

ふうりつ?

馮立(ふうりつ、生年不詳 - 没年不詳)は唐の政治家。同州馮翊の人。

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唐の李建成の幕臣。建成により車騎将軍に取り上げられる。忠義心が厚く、玄武門の変に際しては主人である建成が誅殺され、周囲が逃げ出した際に「生前にオンを受けた者が、難に際してどうして逃げようができるか」と奮戦し、敬君弘を殺害するなどの武功を上げてから「僅かながら太子の恩に報いた」と言い兵を退いたとの逸話がある。

玄武門の変後、太宗が馮立を呼び出し、兄弟の争いを招いた事、そして兵を率いて敬君弘らを殺害したことを問責したが、これに対し当初措計画通り太宗を殺害しておけば変は避けられたと答え、その態度と勇気を賞賀した太宗は罪を許し、逆に側近として取り立てた。

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『旧唐書』(巻一百八十七上 列伝第一百三十七上)
 馮立,同州馮翊人也.有武藝,略?書記,隱太子建成引為翊■車騎將軍,託以心膂.建成被誅,其左右多逃散,立歎曰:「豈有生受其恩而死逃其難。」於是率兵犯玄武門,苦戰久之,殺屯營將軍敬君弘,謂其徒曰:「微以報太子矣!」遂解兵遁於野。  俄而來請罪,太宗數之曰:「汝在東宮,潛為間構,阻我骨肉,汝罪一也。昨日復出兵來戰,殺傷我將士,汝罪二也。何以逃死。」對曰:「出身事主,期之■命,當職之日,無所顧憚。」因伏地歔欷,悲不自勝。太宗慰勉之。立歸,謂所親曰:「逢莫大之恩,幸而獲濟,終當以死奉答。」未幾,突厥至便橋,立率數百騎與虜戰於咸陽,殺獲甚■。太宗聞而嘉歎,拜廣州都督。前後作牧者,多以黷貨為蠻夷所患,由是數怨叛。立到,不營?業,衣食取給而已。嘗至貪泉,歎曰:「此?隱之所酌泉也。飲一盃水,何足道哉。吾當汲而為食,豈止一盃耶,安能易吾性乎。」遂畢飲而去。在職數年,甚有惠政,卒於官。
(以上、ウィキペディアより引用)

漢文を久しぶりに見ました。

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2008年04月09日 10:42に投稿されたエントリーのページです。

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